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ホテルジャンキー村瀬千文とホテルにまつわるヒト・モノ・コト

いまだ忘れ得ぬ、痛恨の一夜。

 

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「痛恨」という文字を見るたびに思い出す、忘れがたい体験がある。

 

ロンドンの「マンダリン・オリエンタル・ハイドパーク」に泊まったときのことを思い出すと、いまだに「ああ・・・」と嘆息がもれ、突っ伏して起き上がれないほどである。

ちょうどマンダリン・オリエンタルとしてリニューアル・オープンした直後のことで、歴史と老舗の看板はあるものの、老朽化していた旧「ハイドパーク・ホテル」をマンダリン・オリエンタルが買収し、クラシックホテルの趣はしっかり残しつつ、ハードの設備は最新のものに入れ替え、最新のホテルにも劣らない快適性を増した、実に良いホテルに生まれ変わっていた。

 

ちなみに、マンダリン・オリエンタルというホテルチェーンはとても”お買い物上手”。

ビジネス的な上手いヘタということではなく(そういうことは私はわかりません)、ホテルジャンキー的観点で見て、わざわざ時間と金をかけても泊まりに行ってみたいと思う選り抜きのホテルを買収してきた歴史があるということ。

たとえば、ロンドンの老舗ホテル「リッツ」、その「リッツ」を売った金で買収したと言われるハワイの名ホテルとして君臨した「旧カハラ・ヒルトン」、アマンリゾーツの創業者であるエイドリアン・ゼッカーのNY滞在時の定宿でもあった高級プチホテル「ザ・マーク」。アジアのクラシックホテルにもぬかりなく手を伸ばし、インドネシア・ジャワ島スラバヤの老舗「ホテル・マジャパヒ」、マカオの「べラ・ヴィスタ」なども、一時、マンダリンオリエンタルのグループホテルだった。

そして、これらのホテルは入念に手を入れてリニューアルされ、資産価値を上げた後に売却された。

 

さて、私が泊まったその部屋は、ナイツブリッジに面したジュニアスイート。今思い出してもとても良い部屋だった。一泊のお値段もその当時で10万円くらいだったと思う。

 

ドアを開けるとちょっとしたホワイエがあり、その先にベッドルームとリビングルームがワンルームになっており、ひろびろとした空間。

私の場合、同じ広さならば、リビングルームとベッドルームが二つに分かれたレイアウトのスイートよりも、より空間の広がりがあるジュニアスイートのタイプが好きなので、壁際のベッドに横たわると視界が広がるその部屋は、もう最高、実に快適だった。

さらに、マンダリン・オリエンタルは、ベッドリネンにこだわるホテルチェーンとして知られており、ランチの時に会ったホテルのパブリック・リレーションズ・マネージャーが力をこめて強調していた高品質のエジプト綿を使っているというベッドリネンの寝心地も大きな楽しみのひとつだった。

 その日は取材もあって部屋にいる時間はほとんどなく、ディナーに出かける前、ちょっとだけベッドの枕に顔をうずめてみた。

ああ、なんという滑らかな頬心地だろうか!

あとで帰ってきて、お風呂あがりにするりとベッドの中にすべりこんだら、どんなに良い夢が見られるのだろう、と。 

もうちょっとだけそのままでいたいという未練をなんとか断ち切り、ディナーに出かけた。

 

夜、ホテルに戻ったのは深夜遅くなってからだった。バーにたむろしているアメリカ人らしきゲストたちも、すでにかなり酔いが進んでいた。私も会食で少しだけ飲んだワインが効いてきたようで、エレベーターの鏡に映る顔がほんのりと赤く染まっている。

 

「I'm home! ただいま!」と誰もいない部屋に向かってご機嫌で叫びながら、靴を脱ぎ、「ああ!」とベッドの上に大の字になったところまでは覚えている。

 

次の記憶は、目が覚めたときだった。顔に当たる朝陽がまぶしい。起き抜けにも関わらず、頭は妙に覚醒している。意識下では自分が何をやらかしてしまったのかはすでに気づいている。しかし、それを信じたくない気持ちが、現実と向き合うことを抗っていた・・・

などと小難しいことを書く必要もない。

ようするに、コートを着たまんま、ベッドカバーの上に私は寝ていたのだった。

「ああ・・・」と深いため息をつきながら、私は「痛恨」という言葉の意味をそのとき初めて実感した。

 

今でもホテルのサイトを見る度、「ラグジュアリーなリネンに包まれた快適なキングサイズベッドもございます」という記述が目に痛い。

 

*上の写真は「マンダリン・オリエンタル・ハイドパーク、ロンドン」のサイトからお借りしました。