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ホテルジャンキー村瀬千文とホテルにまつわるヒト・モノ・コト

ホテル王をねらう男達の「借景」効果

アメリカのホテル ホテルの人 ホテル買収 アマンリゾーツ

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米サンディエゴにある名門「ホテル・デル・コロナード」。

 

スターウッド買収をねらった安邦保険の呉小暉、ミスター・ウー。アマンリゾーツを手中におさめたロシア人のウラジミール・ドローニン。

この二人は私がいまホテル界で注目している男たちである。

 

まず、ミスター・ウー。スターウッドはいったんあきらめたけれど、この男、ホテル王への道はまだまだあきらめていない、と私は思う。

手中には既にニューヨークの「ウォルドルフ=アストリア・ホテル」があり、カリフォルニア州サンディエゴにある名門ホテル「デル・コロナード」を含む16軒のアメリカの高級リゾートも買収済み。着々とホテル王への駒を進めている。1966年に浙江省の農村で生まれたミスター・ウーは現在推定50歳、「中国のユダヤ人」とも言われる商才に長けた温州商人である。おそらく虎視眈々と次のターゲットを狙っているだろう。

 

ミスター・ウーについて、今回のスターウッド買収騒動に際して世界のマスメディアが語るときにもれなく触れたのが、鄧小平の孫娘の夫であるということ。

もしこれがなければ、なんだかよくわからないが中国で急伸したらしい保険会社のオーナー経営者ですむが、鄧小平の孫婿ともなると、それだけではすまない。

その背後にはさんさんと後光が差しているようにも見えるし、話も単なる一中国企業ではなく、そのバックには中国政府の意向もあるのはないか…とも考えられなくはない…と、相手が勝手にあれこれ深読みして考えてくれる。大いなる「借景」効果である。

 

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(写真はVLADISLAV DORONIN のサイトからお借りしました)

 

一方、アマンリゾーツのオーナーの座をゼッカーとのバトルの末にしとめたウラジミール・ドローニン、通称ヴァロージャの場合、その「借景」は、ナオミ・キャンベルの恋人。ナオミも今でもパパラッチくらいはつくけれど、すでに頂点を過ぎている身。単独では無理。富豪がお相手となれば、ネタくらいにはなる。そんなわけかどうか知らないが、とりあえず、両者の利害が一致した、とも見られる。

ヴァロージャの方は、単なる無名のロシアの新進不動産屋の成金からステップアップして、芸能ネタであろうがなんであろうと、とにかく世界のメディアに報道されるような有名人になり、その後、アマン買収に躍り出たときにも報道では「あのナオミの恋人として知られる」という枕詞がついた。

 

ところで、安邦保険のミスター・ウーの妻である鄧小平の孫娘って、どんな女性なのだろうか? ふと思いつき、調べてみた。

 

この女性とは、中国では「赤い貴族」とも呼ばれる革命子孫のひとりで、鄧小平の5人いる子供の4番目となる次女の娘である鄧卓苒のことのようだ。ミスター・ウーにとっては3番目の妻。

2004年の会社設立からわずか10年で総資産が5億元から7千億元に急増した安邦保険の躍進の理由に、鄧ファミリーと血縁関係を結んだことが関係ないと考える人は誰もいないだろう。

 

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(写真は安邦保険集団のサイトからお借りしました)

 

ところが、昨春あたりのアメリカ発中国語メディアの報道のいくつかを読むと、既に二人は別れているらしいという噂がある。

どうやら習近平の反腐敗運動にもからんだことのようで、話は単純ではない。習近平が「赤い貴族のビジネスに反腐敗のメスを入れるらしい」という憶測が流れたため、鄧ファミリーが先手を打ち、ミスター・ウーとは婚姻解消し、2014年12月段階でそれまで保有していた株も手離し、今後、安邦保険がらみで何か問題があったとしても、鄧ファミリーには一切関係はございません、という既成事実作りをしたというのだ。

彼の国の政治がらみのことなので、真相はよくわからないが、ミスター・ウーとしては、世間が勝手に噂してくれる分には得にこそなれ損にはならなかっただろう。

 

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(写真は安邦保険集団のサイトからお借りしました)

 

そういえば、昨年、習近平の訪米の際のニューヨークの滞在先はウォルドルフ=アストリア・ホテルだった。ということは、、、ミスター・ウー、なんだかんだと闇の海を泳ぎ切ったのか…なんて、あれこれ考えさせてしまうのも、「借景」ゆえのこと。