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ホテルジャンキー村瀬千文とホテルにまつわるヒト・モノ・コト

アマンリゾーツのドローニン氏が選んだ新パートナー

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アマンリゾーツのドローニン氏、先に11軒のホテルの新規オープン予定を発表し、ただいまイケイケどんどん中。これからは「西半球」も制覇すると鼻息荒い。

さて、そんなドローニン氏のお眼鏡にかなった人物とは、ローランド・ファセル氏(上の写真)、54才。

ロンドンを代表する名門ホテル「ドーチェスター」のGM(総支配人)を昨年末まで8年間にわたってつとめ、ドーチェスター・コレクションの英国ディレクターだったホテリエである。

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今年の2月、アマンリゾーツのホテルの運営全般をみるCOO(チーフ・オペレーティング・オフィサー)として就任した。

ファセル氏は、ホテリエ界ではコーネル大学のホテルスクールと並んで名門校として知られるスイス・ローザンヌのホテルスクールを卒業。

www.ehl.edu

ホテルに勤務後、サンフランシスコのゲートブリッジ大学でMBAを取得している。

日本とちがって海外のホテリエたちは、キャリアップのためにホテルを渡り歩くのがふつうだが、彼の場合、インターコンチネンタル、フォーシーズンズ、リージェント、シャングリラなど、主にチェーン系の高級ホテルを経てドーチェスターへ。

経歴を見ていて目についたのは、スイスのサンモリッツにある世界のスキーリゾート界の女王的存在「バドゥリュッツ・パラス」での勤務歴。

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わたしが初めて訪れた1990年頃は、「毎年、冬はね、子供の頃から必ずここで数週間過ごすのよ」などと語る上品な老婦人がロビーラウンジの指定席でお茶してたりして、古き良き時代の名残が残っていたが、ファセル氏が勤務していた2000年〜2004年頃といえば、ソ連邦崩壊後に生まれたロシア人富裕層たちがどっとアルプスの高級スキーリゾートを訪れ、一本数十万円のヴィンテージワインを次々に空けたりしておおいに散財し、その破格の使いっぷりが話題になっていた頃だ。

したがって、ファセル氏、ロシア人というものについてはけっこう熟知しているかもしれない。

 

ファセル氏とドローニン氏が初めて出会ったのは、いったいどこだったのだろうか?

 

*「ドーチェスター」と「バドゥリュッツ・パラス」の写真は各ホテルのサイトからお借りしました。ローランド・ファレル氏の写真は、Linked in掲載のものをお借りしました。