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ウィリアム・ハイネッケ氏 〜 ゼッカから「アゼライ」を買った男(3)

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「セント・レジス・バンコック」からはバンコク市街が一望できる。

このホテルのオーナーは、マイナー・インターナショナル。

アマンリゾーツの創業者だったが、ロシア人のドローニン氏とのアマン争奪戦に負け、捲土重来で「アゼライ」を展開中のエイドリアン・ゼッカ氏から、ラオスの第一号ホテルを買った男、

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ウィリアム・ハイネッケ氏(68才)の会社である。

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(フォーブス誌より)

タイでは有数の富豪として知られ、個人資産12億ドル(約1300億円)。

1963年からバンコクに住み、一代で築きあげたセルフメイドマンだ。

アメリカ生まれのアメリカ人だったが1992年に米国籍を捨てタイ国籍を取得した。

 

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(「セントレジスバンコク」のオーナーズ・ペントハウス

さて、そんなハイネッケ氏はどんな人生を歩んできたのだろうか?

1949年、アメリカ海軍で機関紙の編集に関わっていた父親とジャーナリストの母親のもと、アメリカのヴァージニア州にて生まれた。

ヴァージニア州って、どのあたりだっけ?

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アメリカ東海岸、ニューヨークよりかなり南。ああ、ノーフォーク海軍基地があるところか・・・ってことは、海軍勤務だった父親のもと、彼もここで生まれたのだろうか。

1952年、3才のとき、母親と日本に単身赴任中だった父の元へ。幼い目に朝鮮戦争景気で沸く日本はどんなふうにうつったのだろうか。

米国に一時帰国した後、軍人から外交官に転じた父の赴任先である香港、マレーシアに滞在し、1963年、14才のときバンコクへ。

インターナショナルスクールに通っていた頃からタイの英字紙にコラムを連載したり、広告営業のアルバイトをしたりし、1967年、18才にして清掃業と広告業の会社を設立。これが後のマイナー・インターナショナルとなる。

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ミスタードーナツバーガーキングなどのフランチャイズチェーンのほか、独自のピザチェーンも展開し、外食産業で成功を収める。

1978年、29才のとき、タイのビーチリゾート、パタヤで小さなホテルを買収。これを機に積極的にホテルビジネスに参入した。

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現在、156軒のホテルを傘下に持ち、そのうち40軒を所有し、アナンタラ、AVANIなどの独自ブランドのほか、セントレジス、フォーシーズンズ、JWマリオットなどのホテルブランドで運営している。

 

ハイネッケ氏はゼッカ氏より15才ほど若いが、10代の半ばにはすでに仕事をしていたので、1960年代の東南アジアにおいて、ふたりはおそらく同じようなまなざしで、リゾートビジネスの大きな将来性を見ていたのではないだろうか。

 

 *「セント・レジス・バンコック」の写真は同ホテルの公式サイトよりお借りしました。